冷戦物語でなく、東アジア共同体構想をー内部崩壊する世界の憲兵

 

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写真:アフガニスタンに到着したC-17 大型輸送機から降りるのを待つ米兵たち、2013 年5 月11 日、 アフガニスタンのバグラム空軍基地(Photo by Robert Nickelsberg/Getty Images)。


高嶺朝太(ジャーナリスト)

 

 筆者は、『中国・北朝鮮脅威論を超えて』( 耕文社刊)で米朝交渉が始まる可能性を指摘した。その後、南北対話、米朝対話が始まった。唯一北東アジアに残っていた冷戦構造に変化が起こっている。米国は、世界70 カ国以上に800 近くの軍事基地を持ち、中国、ロシアなどの7 カ国が合わせたよりも軍事費を費やしている。この世界最強の軍隊は今、大規模なスキャンダル、相次ぐ性暴力、帰還兵のPTSDの問題など深刻な危機に直面している。かつての「世界の憲兵 米軍」は内部崩壊しつつある。これも、冷戦構造に変化を促している現象の一つである。筆者は、朝鮮半島で平和構築への動きがこのまま一気に進んでほしいと願望している。しかし、予断はできない。どこの国の軍隊も冷戦ストーリーを必要としており、多くの政治家、経済人、学者、ジャーナリスト、広範囲の職業人が冷戦ストーリーを語ることによって生計をたて、社会的な地位を維持している。日本では、各界各層で変化を欲しない人たち、リーダーが多いかもしれない。いまの対話の動きに対する揺り戻しがおこることも考えられるが、それだけに、冷戦ストーリーを脱却した東アジア共同体構想を提唱、推進する運動を強めていくべきだ。

 

太っちょ請負業者 第7 艦隊を沈めるー米海軍史上最大のスキャンダル

 日本では断片的にしか報道されていないが、日本を拠点とする米海軍第7 艦隊が、2013 年に発覚した汚職スキャンダル、通称「太っちょのレオナード」事件で沈没しかかっている。マレーシアの防衛関連請負業者から約10 年にわたり、賄賂、売春接待を受け、元在日米海軍司令官を含む、多数の海軍兵が、軍事機密漏えいなどで、解任、更迭、逮捕されている。米海軍史上最大の汚職事件と呼ばれている。
 マレーシア人のレオナード・フランシスは、シンガポールを拠点にする防衛関連請負会社 グレン・ディフェンス・マリーン・アジア(GDMA)」の最高経営責任(CEO)だった。2004 年から2013 年の間、第7 艦隊の寄港地マレーシアを中心に、米海軍の将校たちに売春接待、米国歌手レディー・ガガのコンサートチケット、キューバ葉巻、神戸牛を含む賄賂を贈っていた。
 その見返りとして、業務請負契約を勝ち取り、彼らから米海軍の航行スケジュールなどの機密情報を入手し、シンガポール、マレーシア、香港などアジアの国々と地域の港に、航空母艦駆逐艦、潜水艦などの軍艦が停泊する際に自社の利益を図った。フランシスは、燃料補給、警備、接岸、廃棄物処理、食料提供サービスなどを提供して、海軍に過剰請求した。彼は米軍に対する収賄、約37 億円をだまし取った詐欺行為で、2013 年からサンディエゴで服役している。
 このスキャンダルで罰せられたものには、司令官を含む海軍将官も複数おり、彼らは第7 艦隊に勤務中に不正に関わった。その中には、在日米海軍司令官を務めた、テリー・クラフト退役少将、原子力空母ロナルド・レーガンの司令官 ケネス・ノートン退役少将、第7 航空母艦群の司令官マイケル・ミラー退役少将、強襲揚陸艦ボノム・リシャール艦長ダニエル・ドゥセク退役大佐もいた。現在、60人以上の海軍将官と数百人の海軍将校が、収賄、詐欺行為で、調査の対象となり、米海軍最大の汚職スキャンダルに発展している。
 合計で、440 人の現役および退役海軍人が、規律違反で、取り調べを受けている。刑事告発されたのは、29 人で、その中には退役海軍少将もおり、現在服役している。今のところ、14 人の海軍将校が、虚偽答弁、収賄などで有罪判決を受けている。
 また前米太平洋軍司令官のサミュエル・ロックリア元海軍大将が、この件に関わっていた疑いで、統合参謀本部議長の指名から外されていたことが明らかになった(『星条旗新聞』2018 年4 月1 日電子版)。ジョゼフ・ダンフォード海兵隊大将が現在統合参謀本部議長を務めている。
 第7 艦隊は、西太平洋・インド洋(中東地域を除く)を担当海域とし、米海軍の艦隊の中では、最大の規模と戦力を誇る。太平洋に覇権を拡大する中国をけん制し、南シナ海で航行の自由作戦を実施している。また平昌五輪中、米領グアムに空母を派遣し、北朝鮮に圧力を掛けた。フィリップ・ソーヤー司令官は、中国による海洋進出を「行き過ぎた領有権の主張に対抗する」とけん制し、日本海での米国の軍事演習に反発する北朝鮮を「大陸間弾道ミサイルICBM)発射や核実験を繰り返す国こそが挑発的だ」と批判した(『共同通信』2018 年2 月9 日付)。しかし、このような勇ましい発言とは裏腹に、2017年、洋上艦の衝突事故が続発したほか、乗組員の疲労や士気低下、海軍兵が麻薬売買を疑われ捜査されるなど不祥事が相次いでいる。中でも太っちょレオナードは致命的な打撃を与えている。

 

帰還兵のPTSD問題

 イラクアフガニスタンの戦闘地域で、外面からは判断困難な心的外傷後ストレス障害PTSD)や、外傷性脳損傷(TBI) の兵士たちは帰国後さまざまな症状に苦しめられる。研究によると戦闘地域に派兵された兵士の4 人に1 人がPTSDうつ病を患っているとされる。また概算で帰還兵20 万人が、爆発の衝撃による脳しんとうのため、TBIを患っているとされる。戦地でこのような外面からは理解しづらいダメージを受けた兵士は、うつ病、自殺、他殺衝動などに悩まされている。これに起因した帰還兵、退役兵の自殺率は記録的に高くなっており、深刻な社会問題となっている。米国政府はこの問題に適切に対処できていないのが現状だ。またPTSDを患ったとされる中東帰還兵による殺人事件が注目を集めている。
 2014 年に復員軍人援護局などが実施した調査によると、PTSDアルコール中毒の問題を抱える退役兵は、ほかの退役兵に比べ、7 倍もの確率で、深刻な暴力行為に及ぶとされている。2008 年のニューヨーク・タイムズ紙が行った調査では、121 人のイラクアフガニスタン帰還兵が殺人事件を米国内でおこし、多くのケースで、PTSDなどの要因がかかわっているとされる。
 退役兵で1 日平均約20 人が自殺しており、現役兵では、1 日約1 人以上が自殺している。イラクアフガニスタンなどの戦争で、現役兵の死者数は、戦闘によるものよりも、自殺によるものが多いことが報告されている。

 

海兵隊を揺るがすヌード写真スキャンダル

 海兵隊の女性隊員のヌード写真が性的な暴力を助長するソーシャルネットワークサービスで共有されていたことが、「マリンコータイムズ」報道(2017 年3 月5 日付) などで明らかになった。数百人の海兵隊がこのスキャンダルに巻き込まれ、ペンタゴン高官らに衝撃を与えた。この事件を明らかにした退役海兵隊員のジャーナリストに対し殺害の脅迫もあった。
 拡大する性的暴力の問題を阻止しようと米海兵隊国防総省が躍起になっていたところにこの事件は起こった。米軍の性的暴力は、軍の本来の役割である国防を脅かすほど重要な問題になっており、パネッタ国防長官(当時)が2012 年9 月28 日には「軍の指導者は性的暴力問題に取り組まないといけない」と訓示しなければならないほど深刻である。2016 会計年度の国防総省の統計によると軍隊内で性的暴力の被害に遭ったメンバーの推定人数は14,900 人である。被害者の約7 割は報告していない。

 

融和に向かう朝鮮半島

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写真:南北共同宣言の中継中に、抱き合う娘と母親、2018 年4 月27 日、韓国ソウルの光化門( クァ ンファムン) 広場。

 激動する朝鮮半島情勢は、ドナルド・トランプ米大統領北朝鮮金正恩キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長が攻撃的な言動で応酬し、緊張が高まっていた。しかし2018 年になって韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領による平昌五輪への参加呼びかけに北朝鮮の金委員長が応じたところから、急速に融和ムードに転じ、南北会談、南北首脳会談と矢継ぎ早に開催され、6 月12日 には、トランプ氏と金氏による初の米朝首脳会談に至った。
 しかし、トランプ政権が発足した2017 年の初めの段階で、同政権が北朝鮮との和平交渉に乗り出す兆しはあった。トランプ政権は朝鮮半島では、「軍事的な手段で対応することは良い選択ではない」との立場を取り、韓国、中国、ロシアも外交政策を支持していた。北朝鮮も韓国との対話再開には前向きだった。
 『ミリタリー・タイムズ』紙(2017 年5 月12 日付電子版)は、専門家らのインタビューで構成した「米軍の対北朝鮮戦争シナリオ」を発表した。その中で、民間人に多数の死者が出て、戦争は長期化し、米国の世界的な軍事的即応体制が維持できなくなる可能性があると指摘していた。朝鮮半島有事の際には、沖縄も無関係ではなく、シナリオによると、沖縄と日本本土は、上陸作戦の出発点(jumpingoff point)としての役割を担う。開始時に沖縄の米海兵隊は艦船に装備品を積み込み、出動する。北朝鮮の攻撃を阻止するため沖縄の海兵隊も投入され、韓国海兵隊と韓国の東西海岸から上陸作戦を行い、嘉手納基地も重要な役割を担うことになっている。
 またマティス米国防長官は2017 年5 月19 日に開かれた米国防省での記者会見で「(北朝鮮問題が)軍事的な解決に進展すれば、想像を絶する規模での悲劇が引き起こされる」と述べ、トランプ政権は国連のほか、日中韓とともに外交的な解決策を模索していくとの立場を示していた。中国の習近平国家主席、ロシアのウラジミール・プーチン大統領も、北朝鮮核問題の外交的解決を支持してきた。その一方で、日本の安倍政権は北朝鮮核兵器開発、ミサイル開発、発射テストの脅威をあおり続け、米、韓、日による軍事的圧力を強め、経済的な制裁強化を求め続けてきた。トランプ大統領が圧力路線から、融和路線に切り替えたことを受け、国内外メディアから、朝鮮半島問題では、安倍政権が蚊帳の外に置かれているとの指摘が相次いだ。
 長年にわたり韓国などのアジアの民衆運動を追い続け、米中央情報局(CIA) などの米情報機関、米シンクタンの動きに詳しいジャーナリストのティム・ショロック氏は2017 年筆者のインタビューにこう答えていた。「2017 年秋までには、核攻撃に直結する戦争が起こる可能性を予測する声が、ワシントンではささやかれるようになった。しかし、最終的には、米政府は外交的解決を選ぶと、私は信じている。米政府にとって、朝鮮半島での全面戦争は、米帝国に『利益』よりも、彼らが『リスク』と定義する『損失』をもたらすからだ」(2018 年『世界』2 月号)。
 また南北朝鮮の融和の推進を強く打ち出していた文大統領が果たしてきた役割も大きかった。当初からトランプ政権と北朝鮮との和平交渉を後押しする意向を示していた文政権は、北朝鮮と米国の橋渡し役を積極的に演じ、今日に至る融和ムード演出の立役者となった。また金委員長が新年の辞で、平昌五輪への代表団派遣に応じ、南北朝鮮間の緊張緩和と非核化の姿勢を明確にしたことも米韓中露の後押しする融和ムードに大きく貢献した。

 

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写真:朝鮮戦争を象徴する「兄弟の像」。戦争当時、韓国軍と北朝鮮軍の兄弟が戦闘中に劇的に出会った瞬間を再現したものである。2018 年4 月24 日、ソウル市の戦争記念館。



 筆者は、南北首脳会談時、韓国と北朝鮮軍事境界線近くを訪れた。参加したDMZ(非武装地帯)トレインは、列車で北朝鮮との軍事境界線近くの都羅山(トラサン)に行くツアーである。DMZトレイン車両内に飾られた寄せ書きには、「分断の痛みを感じてきます。 私たちの願いは統一」「必ず統一して平壌ピョンヤン)に行ってみたいし、北朝鮮のいろいろなところにも行ってみたい。統一するようにしてください」というメッセージが寄せられていた。
 列車がDMZに近づくにつれ、車窓からは臨津江(イムジンガン)が目に映った。臨津江は、韓国と北朝鮮軍事境界線に近いことから南北分断の象徴となっている川である。朝鮮戦争の際に爆撃で破壊された鉄橋の橋脚が川の中に立っていた。
 都羅山に到着すると展望台から、北朝鮮側が望める。展望台では、南北首脳会談を控えて、韓国政府は北朝鮮への心理作戦の音楽アナウンスを停止していた。一列になって設置されている望遠鏡をのぞくと、まず韓国と北朝鮮に続くDMZの境界線が目に付く。そして宣伝村ともいわれ、北朝鮮の旗が翻っている開城(ケソン)市の機井(キジョン)洞が、曇り天気の中から見ることができた。
 新しく兵役に就いたばかりと見られる韓国軍の若い兵士たちが北朝鮮側の様子をうかがおうと望遠鏡に群がっていた。IT 化が進む現代では珍しい光景だった。
 4 月27 日午前、板門店北朝鮮側施設「板門閣」から姿を見せた金委員長は、先に到着して待っていた文大統領と軍事境界線越しに握手した。 文大統領の声掛けに応じ、金委員長は軍事境界線を越境して韓国側に入り、1945 年に朝鮮半島が南北に分断されて以来、初めて北朝鮮の最高指導者が韓国の領内に入国した。その後、2 人は手をつないで軍事境界線を越えて北朝鮮側に足を踏み入れた。
 午前と午後の2 回、会談を行ったあと、夕方に両首脳は『南北は完全な非核化を通して、核なき朝鮮半島を実現する』といった文言を盛り込んだ板門店宣言と題する南北共同宣言に署名した。
 光化門( クァンファムン) 広場に設置された大型スクリーンで、多くのソウル市民が、南北首脳が共同宣言を採択する模様を見守っていた。握手する文大統領と金委員長が映し出された。共同宣言の中継中に、抱き合う娘と母親の姿も見られた。
 民族問題研究所の金英丸(キム・ヨンファン)氏は、今回の会談の意義と韓国の民衆運動、日本、沖縄について語った。「南北首脳会談は感慨深い。金大中盧武鉉太陽政策が11 年の空白を越えて動き始めた。統一というと人は大きく考えるが、北朝鮮との交流を進めるのが統一につながる。日本にとっても北朝鮮との国交正常化は重要だ。日本は、対米従属ではなく、中国など近隣国と平和体制を作ればいい。そこを変えないと日本、沖縄、韓国の米軍基地問題は解決しない。韓国の民主主義の歴史は抵抗の歴史だ。日本の植民地支配、軍事政権下、四月革命を通して、血を流して勝ち取った民主主義だ。国家権力の弾圧に対して自分たちで権利を勝ち取らないといけないという精神がある。それは、文政権を誕生させたキャンドル革命の精神だ。沖縄も戦争で日本本土に捨て石にされた歴史があるから、米軍基地に反対の声を上げている。4 月27 日の南北首脳会談に代表されるように、沖縄も東アジアの市民連帯で平和の島をつくるべきである」
 米国の経済誌フォーチュンによると、南北首脳会談後に、世界最大手の米国軍需企業の時価総額が、一日で約1 兆円下落した(2018 年4 月27 日付電子版)。南北朝鮮の融和ムードを受けて、4 月27 日に損害を被った軍需企業は、ロッキード・マーチン社、ノースロップ・グラマン社、ジェネラル・ダイナミクス社、レイセオン社、ボーイング社などである。


 6 月12 日、トランプ大統領と金委員長がシンガポールのカペラホテルで開かれた初めての米朝首脳会談において、共同声明に署名した。その後、トランプ氏の単独記者会へと移ったが、同氏の登壇を待ちかねていた記者団の前にある映像が流された。「孤立」か「融和」かをテーマに動画がハングルと英語で映し出された。中でも圧巻なのは、南北朝鮮が同じように明るく輝く朝鮮半島の夜景の画像である。核を放棄し、改革開放措置を取った場合の北朝鮮経済の発展の様子を、一つの画像に象徴的に描写して見せた。米国から放送していたレポーターたちは北朝鮮の制作したプロパガンダ映像だと勘違いしていたが、この映像はトランプ氏側が北朝鮮側に向けて作ったものだった。
 韓国ハンギョレ紙(2018 年6 月14 日付電子版)によると、2014 年1 月30 日、国際宇宙ステーション(ISS) の宇宙飛行士が撮影した朝鮮半島の夜景の写真では韓国は首都圏まで非常に広い地域が明るく輝いている一方、北朝鮮側の光の量は異様なほどに少なかった。NASA(米航空宇宙局) の説明によると、人口326 万人(2008 年基準) の平壌の照明から出る光は、人口28 万人の群山( クンサン) と同じくらいで、格段の電気消費量の差がこのような極端な姿を写しだしたものだった。
 この映像は、トランプ氏が、金氏に会談前に見せたといわれる。同等に輝く朝鮮半島。いかにも不動産業者大統領が「取引相手」に対して行った、「和平」のプレゼンテーションだったといえる。
 共同声明文では、トランプ大統領北朝鮮に安全保障を約束し、金委員長は朝鮮半島の完全な非核化への揺るぎない決意を再確認した。新たな米朝関係が朝鮮半島と世界の平和と繁栄に貢献することを確信し、互いの信頼構築により朝鮮半島の非核化を促進できると認識し、トランプ大統領と金委員長は以下の通り宣言した。1.米国と北朝鮮は、平和と繁栄を求める両国国民の願いに従って、新たな米朝関係の確立に取り組む。2.米国と北朝鮮は、朝鮮半島の持続的で安定した平和体制の構築に共に取り組む。3.2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む。4.米国と北朝鮮は、戦争捕虜/行方不明兵の遺体回収に取り組む。その中には、すでに特定されている遺体の即時帰還も含まれる。「トランプ大統領と金委員長は、史上初となる米朝首脳会談について、何十年にもわたる緊張と敵対的な関係を乗り越え、新たな未来に道を開いた非常に重要な画期的出来事だと認識しており、この共同声明の条項を完全かつ迅速に履行することを約束する。米朝首脳会談の結果を実行に移すべく、今後はできるだけ早期に、ポンペオ米国務長官と同レベルの北朝鮮当局者が協議を行うと約束する。トランプ大統領と金委員長は、新たな米朝関係の発展、そして朝鮮半島と世界の平和と繁栄、安全保障の促進に向け協力する決意である。2018年6月12日セントーサ島シンガポール」と結びの文で記された。
 トランプ大統領はその後行った単独の記者会見で、朝鮮戦争終結、近い将来の在韓米軍の撤収、規模縮小の可能性、米韓合同演習を中止する意向などを発表し、演習は「挑発的で、止めることによってその費用を節約できる」と語った。文大統領は、「冷戦に終止符を打つ」として米朝合意を歓迎した。
 歴史的な米朝首脳会談が実現し、核戦争の危機を回避できた。しかし、米国のメディア、評論家たちの論調は、リベラル、保守派を問わず批判に満ちていた。米民主党の幹部や保守派の評論家たちは、非核化への詳細な工程が明記されていないこと、米韓合同軍事演習の中止、米大統領北朝鮮の「独裁者」と対等の会談を持ったことなどを理由に会談を批判している。会談を取材していた前述のショロック氏は「米朝首脳会談当日、ホワイトハウスプレスセンターでは、CNN、 NBCニューヨーク・タイムズワシントン・ポストなどの主要メディアの記者団は、韓国に多大な影響を与える平和合意には興味をほとんど示さず、会談がトランプ米大統領の政治生命にどう影響するか、そのことにしか興味を持っていないように見えた」と米誌「ザ・ネーション」(2018 年6 月13 日付電子版)に書いた。
 批判的な論調は日本のメディアでも同様だった。毎日新聞は「『へつらった』米紙がトランプ氏批評」(2018 年6 月12 日付電子版)との見出しで記事を書き、翌13 日付では、「今後の焦点は「非核化」をめぐって来週にも始まる米朝両国間の折衝に移るが、北朝鮮の報道からはトランプ氏の見方とずれも浮かび、協議の難航が懸念される」と書いた。朝日新聞も、「演習中止で抑止力低下も…トランプ氏発言、落とし穴露呈」(2018 年6 月14 日付電子版)との見出しで、「米朝首脳会談から一夜明けた13日、北朝鮮の国営メディアが、トランプ米大統領が米韓合同軍事演習を中止する考えを会談で示したと報じた。演習が実際に中止され、それが長引けば、北朝鮮に対する抑止力は低下する。会談のあいまいな合意の『落とし穴』が早くも露呈した格好だ」との内容を展開した。
 このような日米メディアや評論家たちの批判的な意見にさらされながらも、朝鮮半島は平和の道を歩み始めている。韓国国防部と米国防総省は6 月19 日、8 月に朝鮮半島で予定されていた米韓両軍による定例の合同指揮所演習「乙支フリーダムガーディアン」(UFG)について、「すべての計画を猶予することにした」と発表した(『聯合ニュース』2018 年6 月19 日電子版)。同演習の中断は1990 年以来、28 年ぶりである。米誌「ニューズウィーク」(2018 年7 月9 日付電子版)によると、トランプ大統領が会談で「ウォーゲームには莫大なカネ(tremendous amount of money) が投入されている」とし、米韓合同軍事演習を取り消して節約した金額が、約15 億6 千万円であることが確認された。ロバート・マニング米国防総省報道官は同誌のインタビューで、「米国防総省は、トランプ大統領がフリーダムガーディアン米韓合同軍事演習を中止したことで、約1400 万ドルを節約できるだろう」と明らかにした。
 6 月13 日に公表されたロイター/イプソスの調査によると、トランプ米大統領北朝鮮問題の対応を支持する米国人は半数を上回った。 米モンマス大学による調査によると、米朝首脳会談について米国人成人の70%が名案だったと評価し、悪しき選択だったとしたのは20%だったことがわかった(2018年6月14日発表)。また韓国京郷新聞は、「66 パーセントの韓国人が米朝首脳会談の結果を肯定的に評価。53 パーセントは北朝鮮は合意を果たすと考えている」と報じた(2018 年6 月15 日付電子版)。さらに米朝首脳会談を受けた12 日の米国株式市場では、軍需企業関連株が急落した(『USAトゥデー』2016 年6 月12 日付電子版)。米朝の両首脳が「完全非核化」に取り組むことを確認し、東アジア情勢の緊張緩和で兵器の需要が伸びないとの思惑が働いたとみられる。世界最大手の軍需企業米ロッキード・マーチン株などが下落した。妨害しようとする勢力にも関わらず、歴史的な南北朝鮮首脳会談、米朝首脳会談を通して、朝鮮半島は融和路線に転じつつある。

 

米国とは適切な距離を

 1989 年12 月、マルタ島で、ソ連最後の最高指導者ゴルバチョフジョージ・H・W・ブッシュ米大統領が会談し、冷戦の終結を宣言した。 しかし、政府(軍部、情報機関を含む)、軍需産業、大学、シンクタンクコンサルタント企業などは納税者を説得するためにロシア、中国、北朝鮮の脅威を強調し、冷戦ストーリーを語り続けている。
 ワシントンDCには政権交替のたびに政府とシンクタンク、大学、コンサルタント会社などを行き来する「回転ドア(revolving door)」の人々がいる。彼らの存在は、政府、議会にロビー活動などを通して政策決定に活力を与えるとの評価がある一方、軍産複合体など米国社会の既得権益を形成してきた。
 回転ドアの人々は日本の政治、経済、特に安全保障政策の決定にも影響を与えてきた。彼らの影響により、沖縄の米軍基地問題の解決が阻まれている。2009 年に普天間飛行場の県外移設を掲げた鳩山民主党政権が発足したとき、沖縄の人々は喜んだ。 残念ながら、政権は長続きしなかった。
 オバマ政権で国家安全保障会議(NSC)のアジア上級部長を務めたジェフリー・ベーダ―氏は、著書『オバマと中国』(Obama and China's Rise)で、鳩山首相オバマ大統領の信頼を失った理由として、「東アジア共同体」の提案と普天間問題の対応などをあげた。オバマ政権は、首相の「東アジア共同体」提案をアジアの友好国の指導者が中国と米国をてんびんにかけたと受け取ったという。ベーダ-氏は、用心深い言い回しで書いているが、「東アジア共同体」の提案を米国の覇権への挑戦と受け取ったのであろう。
 鳩山政権の終焉以来、日本政府は、対米従属を続けながら、その軍事的なプレゼンスをアジア・太平洋、世界に広げようしている。
 ところが、政府の官僚制度、回転ドアの人々、情報機関やメディアに敬意を払わない破天荒な不動産業者が大統領になってしまった。ピューリッツァー賞を受賞したジャーナリストのグレン・グリーンウォルド氏は、ディープステート/Deep State(影の政府)と呼ばれる政府内で影響力をもつ軍部、情報機関などの官僚勢力がトランプ氏の提唱する対露融和政策などの外交政策を危険視し、大統領を攻撃し、米国のメディアもそれに付き従っていると主張した。「ディープステート」という用語も隠謀論のように軽んじられたが、いまではメディアで普通に使われるようになった。
 トランプ大統領の登場は、国際政治、経済にとって劇薬のようなものであろう。朝鮮半島問題についていえば、いまのところ効いている。韓国の文大統領は、南北首脳会談と米朝首脳会談実現へ朝鮮半島の「運転者」を自任し、仲裁役に徹した。日本だけが朝鮮半島の緊張緩和と和平へのドライブにでかけることをためらっているようだ。
 鳩山元首相は、『中国・北朝鮮脅威論を超えて』の中で、日本が中国や韓国ともっと協調し、対話によってあらゆる困難を乗り越えることが可能となるように、日中韓3 カ国にASEAN10カ国が核となって「東アジア共同体」を形成することを提唱している。さらに北朝鮮にも参加を呼び掛けることが肝要である、と指摘している。
 もう軍備を拡張し、軍事産業を喜ばせ、それに寄りかかって利益を得ている政治家、経済人、学者、口利き屋たちのために冷戦ストーリーを語ることはやめよう。米国との関係は重要だが、お互いに適当な間合いを保つべきだ。特に隣国の人々に対し誤った過去を率直に謝ろう。それが友好関係を構築する出発点である。
 米国は占領直後、沖縄を対日監視基地として利用、その後、トルーマン大統領が「対ソ封じ込め政策」をとり、恒久基地化を進めた。朝鮮民主主義人民共和国の成立、中華人民共和国の成立、朝鮮戦争のぼっ発で、対ソだけでなく、中国も仮想敵にした戦略をとり、それに対応して沖縄の基地も強化されてきた。その後もベトナム戦争などその都度、米国の介入する戦争に使われてきた。もうこれ以上冷戦ストーリーのなかで沖縄が語られることは拒否したい。

 

*本稿は東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会誌 第2号(2018年8月)に掲載されました。